けい散歩

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物欲の正体を知る 〜日々の幸福感を得るために〜

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今日は月に2回と決めてるランチを楽しむ日。

何食べようかなー、ラーメンかなぁーとか考えてワクワクしてたけど、結局当日になったらお金使うのめんどくさくなってドン・キホーテで298円のプチプラ弁当買って食べている。

いつもはナッツ25gとおにぎり1つでお昼ごはんを済ませてしまうので、私にとってはこれでも充分に贅沢。

以前は安いからって毎日のように食べてた弁当。そんな習慣もやめて久しい。

お金がないから辞めたのではなく、食べても気持ちが満足しないから、そんなものにお金を使うより欲しいものが他にあるから。食べる時間も惜しいから。

自然淘汰。ようは無駄を辞めたら自然と縁遠くなったのだ。

今だからわかるのは、たまに食べると美味しいということ。

以前は美味しいとも思わず、作業のように淡々と口に運び、ぜい肉として全身に蓄えていた。

体型の維持と、生活水準・金銭感覚の維持は脳みその同じ場所を使ってるんじゃないかといつも思う。

両方できるか、両方できないか の2極しかないのではなかろうか?と。価値観次第ではそうとは限らないかもしれないけれど。

お金があれば欲しいものはすぐにでも買える。ただ、物欲満たすのが幸せだとは思ってない。

私の場合は買ったものより買う体験のほうが満足度が高いので、やっと買えた!という高揚感は、そのモノの価値を超えてしまう。
むしろ買ったときの高揚感がそのモノに対する愛着になる。

買う瞬間の感動を味わうには、買うと決めてから買うまでにどれほど時間をかけたか。我慢をしたか。ながければ長いほど、いい。

お金では買えないエピソードに対して、私は幸せを感じるのである。

ゆえに、すこし満たされないくらいのほうが健康的に生きていける。

私が特別ドMな気質というわけではなくて、生き物は満たされたいだけ満たされると、ろくなことはないのだ。

自分には当てはまることだけど、仕事のストレスや嫌なことがあるとすぐに落ち込みがちな人は、自分を甘やかしすぎているのかもしれない。満たされすぎて幸せを感じない人になっているから、嫌な感情しか脳に入ってこないのだ。

良い感情の流れは目に見えないし、悪い感情よりも存在が薄いので、感覚を研ぎ澄ますのはちょっとしたコツが必要で、それこそが『日々満たされないように生きること』

自分を甘やかしすぎると感覚が鈍くなって、幸せを幸せと感じなくなり、今度は不自由な生活に魅力を感じて急にミニマリストになったり断捨離を始めたり。人は幸せを求める感情に振り回されて生きている。

満たされていない要素が満たされるのが幸せを感じる条件なのだとしたら、既に充分満たされているならもうすでに幸せなのに、それを感じ取ることができないだけなのだ。

ちなみに、再来月くらいまで節約を頑張れば、イサム・ノグチのAkariが買える。頑張る。